誰も見てないことをいいことに、適当なことを好き勝手ブンブン書きなぐります

日常という奇跡の話

突如、予測もなしに、そこで起こってしまった規模の大きな地震。

私が住む福岡では、被害はほとんどなく、今も見た目は日常的である。

私は自分が何かをするときに、何をしたとか、
アピールするのがものすごく苦手で、(ネタ以外)
これは決してアピールではなく、感じたことを忘れないためにも、
誰か知らない方にお伝えするためにも、
私が感じた地震を経験して今感じてることを伝えたいと思う。

 

地震のとき


地震がおこったとき、私はあるお店で食事をとっていた。
地震直後、娘から「ママ、どこにおると?こわい!」
とメッセージが来て、ことの重大さを現実のものと受け止めた。
その後も、余震の連続で警報が鳴り響き、得体のしれない不安と恐怖はつのるいっぽう。

つぎの日の深夜、もっと大きな揺れが深夜に起こる。
前日の地震の被害状況を、Facebookでの友人からの投稿や、
ネットニュース、新聞やNHKの報道で、結構不安が募っている矢先。
マンションの管理センターから、エレベーターが緊急停止のアナウンス。
スマホからは、けたたましい警報の連続。
何度もくる揺れに、さすがの私も不安と恐怖で眠れなくなってしまった。
家族全員、経験のないことであり、日常が一気に崩れた。

 

地震後の不安


直後から、息子にはチック症状が出始める。なおさら私を不安にさせた。
地面が揺れるということだけで、こんなにももろく、日常は破壊される。
目の前のテレビからは、悲痛な状況が時間がたつほど流れてくる。

会社のみんなや家族に影響はないか、
私の友人、知人は大丈夫か。

そして、今まで、日常に疲れて行き着く先の、
大好きな阿蘇や温泉街は、壊滅的だ。
日常に疲れて癒やされてきたその日常さえも、
たった2メートルの地面の移動で、
もろくも崩れ去ってしまった。

 

あたりまえの「日常」


人は、「あたりまえ」を軽く扱ってしまう。
あたりまえ、つまり日常。
その日常が突然壊れた時、
とてつもなく不安な現実と隣合わせなことに嫌でも気づく。
そして、向き合わなければならなくなった。

息子のチックはどんどんひどくなる。子供への心身への影響は、
こんなにも即効性があるのかとおもうと、実際に被災した子たちはどうなんだ。
被災していない私たち親子でさえ、こうなのに。

 

私にできること


私ができることはなんだろうか。
起業するキッカケの1つになった311の東日本大震災。
遠く離れた場所に私ができることは「経済を回すこと」だと、
その時おもって起業を選んだ。

だけど、今回は隣の県だ。車でたった1〜2時間で行ける場所だったそこが、
突然、悪夢のような遠い存在になってしまった。
今でも、現実味のない感覚と現実と、うまく頭のなかで重なってくれない。

そんな不安の中で、私を少しだけ楽にしてくれたことがある。
福岡市が素早い動きで実現している、支援物資を集め、
被災地に届ける支援プロジェクトである。
「WITH THE KYUSHU プロジェクト」

私は、立ち寄った店にあるだけの生理用品を購入して持参した。
大したことはできてないし、微力だけど、少しでも、私が出来ることを少しづつ。

そして、ひとりでも多くの方が、そういう気持ちで動いてることを伝えたく。
少しでも届けばいいと。

 

地域コミュニティと行政


この対応の素早さ、一致団結感の浸透、気持ちが一つになる形。
コミュニティとしての本当の姿を、見せていただいた。
こんなにもたくさんの人たちが、大きな荷物を抱えて、小さな子から高齢者まで、
スーツ姿の方など、本当に、何かしなければならないという気持ちを、
福岡の旧大名小学校に入る道すがらから、
私はこの福岡に生まれ育ち、この福岡を誇りにおもって胸が熱くなった。

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きっと、今の福岡市だから出来たのかもしれない。
行政だから出来ることを理解したうえの、人や民間では出来ない連携。
これが行政という役割。行政という仕事。
「地域コミュニティ」とは、日常が日常でなくなったときに、
如何なく発揮される凄い社会システムだ。
それをまとめあげて動かすのが行政。
実体験をもとに感じた頼もしさ。
この気持を一過性のものとせず。地域コミュニティ、防災、
今まで私たちが蔑ろにしてきた歴史ある社会システムを、
私という個人としても、企業としても、企業の代表としても、
見直すときが来てるんじゃないかと感じる。

 

さいごに


できることから、自分の出来る範囲で、自分が感じるままに、
被災してない私は、被災した方に対して、出来る限りをやれればいいなと思う。
「日常」がどれだけ人の努力の上に成り立っているのかということを、
自覚しながら、私が大事にしている「当事者意識」を、
これからの生き方にも、存分に活かしていこうと思う。

あたりまえや日常のほうこそ、人の努力の上になりたっている。
「日常」とは奇跡なのだ。

そして、あなたにできることを、やればいいと思う。
誰かに言われるわけでもない、あなたが思うこと、出来ることをやればいい。
それを大きな力に取りまとめて届けてくれる行政がいるのだから。

戻れるものは早く日常に戻るべきだと私は思う。
だから私はSNSでも普段でも、日常に戻らせていただく。
不安をいつまでも持ってみんながみんな自粛ムードで、
帰って子供たちを不安にさせる。私はそれは良いとは思えないから。
子供の余計な不安を取り除くためにも、人の余計な不安を取り除くためにも、
私にできることは日常にもどり、社会システムを日常に戻すことだ。
一人でも早く、日常に戻れるように願う。
被災地の方々に一刻も早く日常が訪れるよう、出来ることを行い、心から祈ります。


追伸:このブログあげようと思ったら、サーバエラーで久しぶりにPHPを触った。
ソースコードとか自分で触ったの久しぶりすぎたので誰かほめて。
(社員からは「エンジニアぶりやがって」と言われて失笑されているレベル、つらい)

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