誰も見てないことをいいことに、適当なことを好き勝手ブンブン書きなぐります

どうも。ささくみです。連休中にブログの1本でも書こう!とおもいつつ、変化したのは、体重だけでした。絶望。\(^o^)/オワタ

ニュースなどを元に、いままでと、いまと、そしてこれからについて、色々おもうとこあって、自分の経験や、生活環境、立ち位置、役割、そして身の回りで起こること、まとまらないまま半年以上経ってしまってる。今の段階で整理を含めて吐き出してみる。

最近私のテーマが、テクノロジー、コミュニティ形成、子育て、女性、母親、教育、経営、エンジニア、働き方、マネジメント、IT業界など様々な方面で話題になりやすくなったことが多くなった。私自身がずっと向き合ってきたことが、ここ数年でグイっとうねりが起きていることを感じる。

乗るしか無い、このビッグウェーブに・・・。(全く乗れてない)

段階的にちょこちょこ綴っていければと思う。まずは女性活躍推進とか少子化とかについて。

 

事件は会議室で起きた。


息子を妊娠したとき、私はあるの会社の取締役だった。取締役会議で産休を取る報告をした際に、一部の取締役に言われた言葉が「働かざるもの食うべからず」だった。(※今ではこんなこと言えば大ニュースだけど当時はスタートアップブームも今ほどではなく、また、日本ベンチャーはそういう場面で経験がないのでしょうがなかった)妊娠と出産という行為が評価を落とすことになる。自分の中で、何とも納得いかなかった。

アタシ以外アタシじゃないその会議の中で、誰もそれを、おかしいとは言わなかった。アタシだけがワーワー言ってるような感じで、完全アウェイ。取締役は分娩台の上にいる時までも、会社の責任はついてくるため(それもどうなんだよっていうw)、報酬がゼロにはならなかったが、半分以下の報酬の減額処理が行われた。(ちなみに取締役は雇用保険は適用されないので育休取得しても休業補償は何ももらえません)

子供を産むことで生じる問題が、会社にとって「悪」って言われてる(実際に言われてないけれど)雰囲気が納得行かなかった。自分の今までやってきたことも全部ふくめて評価が下がることが、人として終わりみたいな、それで終了ッて言われてる気分でぶつけようのないもやもや感だった。だったら子供を産まずに会社のためだけにコミットしろってことなのかと、本当に頭にきててたけど、周りに理解者がおらず、辛かった。いやマヂで。男性に「母親の身になってみろ」なんて、とうてい無理。だって男性だもん。性転換手術したって無理だ。彼らは母親になれないから当事者にもなれない。でも、当事者意識はもてたんじゃないかなあって今思う。いやちがう、当事者意識を持ってもらうための努力を、アタシが怠ったんだと思う。アタシはそこで諦めてしまった。

当時は様々なロールモデルを探したりしまくった。前例、事例。とにかく、なにかに縋る気持ちで心を安らかにした。私だけじゃないんだって思いたかった。(他にもいろいろあったので)しかしどこにもそんな情報も経験者も見当たらなかった。

事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてる。いやマヂで。
当時は気持ちが本当にポッキリ折れた。いやマヂで。
もうこれからは、社会問題も目を向けず、何も考えず、
この仕事、この会社から離れようかなと初めて考えてしまった時。
それが妊娠と出産のタイミングだった。

 

仕事と介護と出産と育児と私(同時多発)


当時、両親は海外在住だったため、あたしが高齢の祖母と同居。お腹は大きくなるわ、祖母は若干痴呆入ってきて、ゴミ箱漁るわ、ご飯作って食べると、それを犬のように部屋に隠し持っていき、腐らせ(思い出したくもない位大惨事で書けないレベル…)もう直ぐ臨月のお腹を抱え、泣きながら祖母の部屋を掃除したり、大好きで仲良しだった祖母が、どんどん子供のようにワガママになり、部屋で何してたか知らないけれど、仕事から帰ると唸り声が聞こえるので覗いたら、転んでいて、立てないという。大きなお腹の私1人では、どうすることもできずに、救急車。そして大腿骨骨折入院。骨折がもう手術不可だったので、歩けなくなったため、退院後は介護が必要になった。

そのときに、これだけ大変な状態を救ったのは、「THE 介護保険制度」。ああ、神様、あなたはあたしを見捨てなかったレベルで最高に助かった。介護保険制度詳細は割愛するが、本当にたくさんのことが細かく設定できて助かった。

そして出産。

暫く、2週間ほど家を空けねばならなくなったが、介護士、一時帰国の両親、親戚が一時的なフォローはしてくれた。そして、介護保険制度に抱かれて、私は介護をしながらの新生児の育児が始まった。(なにげに楽しかったけどねw)

こんどは育児。驚くことに、何の制度もないのだ。祖母は往診もしてくれてた。が、こと、小児科になると、先生が足りないのもあるかもしれないが、絶対往診などない。また、すぐに仕事に復帰したくて保育園探し。認可保育園は世帯年収に合わせて設定される。我々は見事に最高額の判定。何のために子供を産んだのかわからなくなるレベル。
子供は金がかかるというが、そもそもの設定が間違ってるだろ。介護保険並みの、「育児保険制度」があっても良いのでは!?と、その時から、それをずっと思ってる。いつまで生きるかわからない高齢者(アタシも含まれる)への投資ができるならば、生まれた子供の数と年齢で、投資金額が図りやすい子供への補助を徹底すれば、付加価値の高い保育園なり、シッターなりのビジネスも増え、活性化してクオリティの低い認可保育園のクオリティも上がるだろう。信用や付加価値が高ければ、保母さんたちのこれからの教育内容も変化が起こり、どの付加価値を選択するかなど、就職先も選べ、賃金も、おのずとあがったり、新たな経済圏ができてくるんじゃないかと思う。

 

私が感じた少子化の理由


働けど、昇進すれど、責任が増える→評価上がる→収入あがる→税金あがる→男性女性関係なく仕事量が増え忙しくなる→家庭へ手が回らなくなる→保育園探したり、落ちたり、子供の学校行事のコミットがしにくくなる→仕事をしていない方、余裕がある方と平等に誰もやりたくない役割を与えられる罰ゲーム的なものがついてくる→仕事で無理だというと責められる→社会のために責任持って働いて税金も人より払うはめになるが母親が働くのは罪で悪みたいなことがはびこっている文化の壁に衝突してシロメ→何もかも辛い。会社辞めよっかな・・・になる。(細かいとこ割愛してるので無理矢理感ある)

さらに言うと、収入の高い世帯に、高い税金は納めさせるわ、高い保育料はらわせるわ、育児手当切り取るわ、とにかく、いくら一生懸命働いたところで、持ってかれる!!!色々!子育ての分まで!!どんだけ何人分何を頑張って賄えばいいの?それでも、学校にいけば役員ぎめは平等ですって言われて、出張で行けなかったら陰口叩かれたり「母親のくせに」となる。また別の所では、子供泣いてたら「うるさい」とか言われる。どんな世の中なの。活躍させる気あるの?って本当に思うところがまだまだたくさんある。もう国力おちてしまえばいいのに。ってなる。だったらもう子供なんか生まないでおこう。ってなるしかない。子供を産み育てる価値が非常に薄くなっているのだ、この日本は。

それが少子化に潜む影の部分だとおもう。

 

当事者意識


これは当時や今を批判したいわけじゃない。私も無知だったし、勉強不足だった。今思えばもっと出来ることはあったと思う。結局行動をそれ以上起こさず放置してしまった。自分に対しても無責任だった。当時の会社も国も行政も、社会って呼ばれるそのもの全体が、みんなそういった事象が未経験で無知だった。要するに、男性社会という言葉のとおり、男性がマジョリティだった社会で、”女性「が」働く”ということと、”女性「と」働く”という経験がなかったため、配慮がなされてないのはしょうがないことなのだ。

私はこの経験があったからこそ、今のGroovenautsの経営や取り組みや事業の元になっている。そういった経験からくる判断や行動は、今のこの社会において、女性がマネージャー(管理職)や経営に関わる立場の女性、特に「子育て」の経験者は、いまの企業や社会システムにおいて、補完すべき大事な存在なのだということ。この部分はさすがに、男性や女性でも、出産、育児経験がないと難しいだろうなと私が思う部分。実際に経験したからこそ出来る判断基準だと思う。これを理解しろよ!って言葉で言うだけじゃ難しい。だから、経験者がマネジメントを行い、企業内の制度や、国や行政の政策にちゃんと意見をすべきだし、それを汲みとって政策を早急に整えていくべきだとおもう。

が、時間もかかるだろうから、そこらへんは偉い人たちにお任せしたいと思う。

自分の問題は社会の問題。自分ができることは全力でやる。自分やお客様、社員や株主、家族や友人、そしてその周りの方々、地域の方々が色んな組織や事柄や問題を超えて、ずっと使えるもの、使いたいものを作り、継続することが重要だと思っている。継続とは問題解決のイテレーションが回っていて初めて継続できることである。だから私は、まずは私と同じような悩みを持つ人たちや、私が影響を与えられるところで(狭いけど・・・)次世代を踏まえた本来あったはずのコミュニティというエコ環境と、日本を支える素晴らしいコミュニティという考え方を、人々のライフスタイルの進化に合わせて、リデザインしなおし、作ろうと思った。私たちができること。私ができる範囲と責任で実行しているのが今のGroovenautsという企業運営、TECH PARKという事業や新しいカタチの、”質の良いコミュニティ”を作りたかった理由でもある。

私が作りたいもの、作るものはすべて「当事者意識」から生まれたもの。それを行動におこし、継続させていきながら、人として、企業の経営者として、親として、社会問題を解決していくこと。

それが私の責任なんじゃないかなと思ってる。

ではまた。

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